コンピューターおばあちゃんの会
小      説

霧が降る

    その五
 

 例の三流紳士にお引取り願った三月も半ば。この地方では最も天候不順な頃で、一日のうち決まって一時期、雨交じりの霙か雪が舞う。これは前回にもお話したとおり、盛土工事はまったくお手上げの状態。当初、計画していた工程も予算も極めて厳しく、言うなら「お先真っ暗グリコの看板」なにか起死回生の対策をと四苦八苦すれども出るは溜息ばかり。
 施工に対して対象工事については、細目に予算が決められていて、盛土工事などに対しては天候不順などによって到底予算内では収まりきれない。俗にいう「赤字工事」工事の遅延などによる重機の損料、経費の増大、作業ゼロでも日当たり経費の損失は目にみえて消えていく。この場合いくら金を注ぎ込めば完成するのか、まったく先が読めない。情けない話だが天候に任せるより他はない。
 グリコの看板。あの諸手を挙げてのポーズを万歳にに見立て、どうにもならぬお手上げだい。両手を上げて降参のポーズ。「エーイ」どうでもなれ〜 やや不貞腐れの表現だが・・・。
     絵 明珍秀子
 一方、橋梁の橋脚工事は、これまた雨期までに遅くてもHWL(高水位)迄立ち上がっていなければ増水の影響をまともに被ることになる。
 この川の名は「浅水川」名前からいかにも浅い川を連想するが、これが曲者、集水面積が広いため雨が続けば一気に水嵩がます、とんでもない川なのである。
 幸いな事に構造物は盛土作業と違って雪、雨にさほど影響を受けることもなく手順さえ間違いなければ、ほぼ工程どおりに推移できる。(ただ、空爆などによって戦意の喪失さえなければであるが)
 この渇水期に大掛かりな基礎部分を立ち上げていたので少しは安心していた。幸いにもこの間、少しのシャワーは浴びたようだが大空爆はなく騒ぎはなかった。
 そんな時期の昼下がり、外は勿論霙混じりの雨。若いM君、現場より戻り
 「主任!○○班は今日の作業は中止だそうです。今から班長が事務所に来るそうです」 (○○班は鉄筋組み建てグループ)
 「何かトラブッタン?」とN主任
 「サー、詳しいことはわかりませんが、今日の工程は終わっていないようです、みんな鉄筋加工所に集まってから飯場に帰ったようです」
 山止め工・掘削工・型枠工・コンクリート打ち込み、多少の問題はあったもののいま迄支障なく消化してきたが、今になって何故?
 小一時間ほどして鉄筋屋には似つかない、やさ男の班長が、こざっぱりとした服装ながら、こちらはいかにも職人といった面構えを従えて事務所に足を踏み入れた。
 「いやいや、今日はまいりました。風呂に入れてきましたので遅くなりました」
 ハハン ついにきたか、大方の察しがついて主任と苦笑い。それにしても作業中止とは・・・大袈裟な・・・
 「チョットここでは話づらいので」
班長、ミッチャンの方を目でしゃくる。それではと私の部屋に招きいれる。
 「心配しながら、気をつけていましたが今日のは予想外で、この男が・・・」
 くどくどと話す大筋はこうだ。午後からの鉄筋組み立て段取りのため在来線(鉄橋)の真下を通過中、列車の進行を察知して急ぎ退避しようとしたが間に合わず、大型の空爆を食ったと言うのである。
 「そんなことは最初からわかっている事だし、見張りも居たんだろう。今更大袈裟に作業を投げられたら困るじゃないの」 と、主任。
 「主任は何もご存知ない。ありきたりの物とは大違い。アレですよ、アレ」
 ウン!と私と主任。再び班長。
 「赤い綿と一緒に・・・」
 ここで忠実に話を再現できないのは残念ですが、ご想像にお任せということで・・・
 どうりで、倫子嬢に気を使うわけだ。
 「ということですから約束もあり、この際、厄払いの御祓いもかねて慰労会ということにしたいので、ご相談を・・・・」
 空襲騒ぎも一段落した頃、国鉄OB(事務職1名保線技術係2名)を受け入れ事務所も活気を取り戻していたが、現場の盛土は一向に捗らない。鉛色の空を見上げながらじりじりとした日々をおくっていた。
 そんな或る日の夜半、けたたましい電話のベルに起こされた。
 「お電話が入っています」 フロントから。
 「大変です。列車の脱線事故です。すぐ帰ってください」
 上ずったミッチャンの声にしばし呆然。眠気など一瞬のうちに吹き飛んだ。時計は午前四時三十分。此処は芦原温泉S旅館の一室。
 「タクシーを急いで〜」
次回に

ようすけ

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