コンピューターおばあちゃんの会
小      説

霧が降る

    その三

       番外編 三流紳士がやってきた!

 工事事務所には、往々にして予期せぬ来訪者も多い。
中にはまったく招かざる御仁もお見えになる。

 「やぁやぁ、東京からお出ましでご苦労なこってす。もっと早くとは思ったのですが、なにせ、寄り道が多くて陣中見舞いが遅くなりました。これ安全祈願のお神酒で・・・」
と、Y氏 (いたって低姿勢。早く言えば慇懃無礼)

絵:明珍秀子
 りゅうとした仕立おろしの背広、眼鏡は金縁、チラチラのぞくローレックス磨きこまれた足元。それにハイクラスな自動車とくれば、金持ちの御曹司か若き事業家と勘ぐってしまうところだが!

 実はこの似非紳士の正体は、ナントカ興業の中堅幹部のおあにいさん。言わずと知れたその筋のお方。

 工事の打ち合わせや、地元関係者などの雑多な用件でキリキリ舞のさなかこんな手合いに付き合う暇はないのだが、これも現場を預かる身にしては避けて通れぬ仕事のうち。

 差し出されたお神酒なるものと、二束の軍手。加えてなにやらの紙包み 
「なに、これ」 と私。
Y氏ゴソゴソ取り出したものは、例の8ミリフィルム。
「若い衆への手土産で、エッヘヘヘ〜」 (ビデオなどない時代)
「折角だからお神酒は頂戴するが、これはどうも・・・」
と8ミリはさし返す。
Y氏 「そんな硬い事を、知らない仲ではあるまいし、みんなが喜びますよ」
そうなんです。初対面ではないのです。仄聞(そくぶん)によればあの社会、見事なまでに縦の縄張り?数社毎に仕切られていて、聞けばわが社はY氏、というよりナニナニ興業の傘下?と勝手に決められている節もある。

 このY氏、業界では闇の人事部長の称号をお持ちで、社内の作業所の人事については「すこぶる」つきの情報通で、どこそこの現場の長の氏名は勿論年齢、出身校、入社年次経歴まで、克明に記憶している。(噂では現場の人事移動まで嗅ぎつけているらしい)
 
 尤もこれが彼らの飯の種だからやむを得ないのかも知れない。

 さぁ、これでおわかりでしょう。このY氏現場巡りで商品(といってもたかだか軍手の類)を売り捌くおいしい、おいしい商売なのである。

 いつ頃から、こうした商売が罷りとうっていたか定かではないが、、かなり大昔からの伝統?らしい。私の知る限りにおいても「お控えなすって」の仁義をきりながら、一宿一飯、草鞋銭、小遣い稼ぎの渡世人を見てきている。

 さすがに、この時代、商品の売買という一応の形式は取っているものの本質は旧態依然のさまである。

 しばらく、世間話に付き合った後、いよいよ軍手二束の値段?の交渉に大の男二人、軍手を挟んでの、丁丁発止?の馬鹿馬鹿しい、しかし大真面目な談合が始まる。

 軍手二束、値段の攻防は!まことにふざけた話で、この「二束」が曲者なのである。「一束」が並みで「二束」が上だそうだ。なかには特上も有ると聞く。
鰻丼ではあるまいし、並みも上もあるものか。一束、二束は工事の規模、請負金額で仕分けされているらしいが、Y氏に言わせればこの現場は上の部類だとのたまう。冗談ではない。とはいうものの、この軍手を捌かなければY紳士お帰りにならない。

現場は独立採算制を採っていて、資材の購入、下請けの選定、単価の取り決め等々かなりの権限はもっているが、あくまで実行予算の枠内でのことで、当然の事ながらこの手合いに対する支出項目などある筈がない。ここが非常に頭の痛いところ。

 「ところで・・・」と、くだんの紳士身をのりだす。
こうした手合いとの交渉事について少しも教育を受けていない身。先輩諸氏の流儀を真似るより仕方ない。しばし熟考を装い沈黙。

 「・・・・というわけで、悪条件の塊みたいなこの現場、二束なんてとんでもないこちらの方が軍手もって歩きたいよ。せいぜい頑張っても「半束」がいいところ」

 大体このような甘い話で引き下がるような手合いではない事は百も承知。一束は仕方がないなは胸の内。

 「どう考えても半束が限界なんだが、今回は一束でお互い我慢しょうよ」
今度はY氏沈黙。ややあって
「今回は一束でお願いしましょう。今後もお付き合いある事だし・・・」

 今後のお付き合いなど真っ平御免と言いたいところ。 やれやれ、小一時間、駆け引きもようやく手打ちにしんどい話だ。
これでくだんの三流紳士お帰りになる。

 この軍手一束のお値段、いくらだと思います?この値段、私は墓場迄持って行かなければなりませんのです、ハイ。  (でも、半端な金額ではない)

 この社会、まことに律儀?な面もあるようで、このナントカ興業が足を踏み入れた事によって地元のナニナニ組からのトラブル、嫌がらせなどの面倒は一切工事完了までなかったのです。
    絵:明珍 秀子

 今は時代も変わり、この種の話は皆無と信じますが、さて、どうでしょう?

 翌日、ガソリンスタンドのお姉さん。
「昨日、会社の偉い方がみえて、オイル交換とガソリン満タンにして行かれました。ハイ、この伝票お願いします」

 「ナヌ・・・」
 
次回に

ようすけ

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