コンピューターおばあちゃんの会
小      説


    その

 昔の話を思い出しながら、最近、変な陽気が続いて馬鹿な私は 「暑さ寒さも胃ガンまで」(彼岸)などと、駄洒落を飛ばし皆様のお耳を汚しておりました。
 一年に一度、酒を飲みたさに、胃カメラを飲みます。 ドクターのカルテを、横目で見て、CAと書かれていないとホッとする。カンサー(癌)は昔はドイツ語でマーゲン・クレプスと書かれていたが、最近は英語でストマック・カンサー、盗み見しやすい。
 仏法用語の「九思一言」の反対で、推敲せずに、言いたいことをペラペラ、人間が軽くできている。
絵: rei

  犬も歩けば ボーッとする (お供はつらいよ)
  論よりもツモ (マージャンで点が高い)
  鼻から整形 (福田〇子、時効寸前逮捕)    
  真っ赤な 五策 (うーそう、嘘)
  ちりも積もればエネルギー(産廃どかすは大変)
  桃栗三年 柿残念 (ガーディニング失敗)
  人生楽ありゃ くも膜下 (遊びすぎご注意)
  貧すれば トンズラ (これ私の こと)

 最初の頃はメール出すのも 気恥ずかしくて 思うように筆が(指が)進みませんでした。
 自叙伝と、言うほどのものでは無いが 手前味噌で見たこと、聞いたことを書いていました。 私は、昭和5年銀座で生まれ服部時計店の前の5丁目です。
 祖父は三代目、池田金太郎、天麩羅屋なので銀座「天金」 四丁目の交差点付近は、当時尾張町と呼ばれていて、金太郎が三人いました。三越東隣、ネクタイの田屋の先に オモチャ屋のキンタロウ、精工舎(和光)の服部金太郎氏、 祖父の妹の大叔母は、築地の新喜楽(朝丘雪路さんが生まれた所、画家の伊東深水氏の娘)で女中頭をしていた。 築地の場外市場の前で、ご亭主を、おん出した女傑です。 私の母などは前に出ると、オビオビしていた。オン出されたご主人は、長野県湯田中の出身で、画商であった。
 この大叔母が、チャキチャキの江戸っ子で、「ひ」と「し」の区別がつかない。「シ行機が飛んでいる」 あら!でんどうさん(伝蔵)シげが(髭)が生えてきたね、などと言う。 なにしろ、下町が世界の中心だと思っているから、麻布なんざ田舎扱い。「麻布生まれは気が知れぬ」と馬鹿にする。 もっとも、「六本木」などと、何の木か判らぬ地名もある。

次回に
岡部伝蔵

会員の作品集「小説」トップページに戻る

※ここに掲載されている作品は全て作成者の掲載許可を得たものです。作成者と会の許可なく無断転載やコピーは違法となります。
トップページに戻る
Copyright(C)2000コンピューターおばあちゃんの会